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財団法人日本バトミントン協会
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選手プロフィール:ピーター・ゲード(デンマーク)

ピーター・ゲードは過去10年以上にわたりトッププレーヤーとして活躍し続けてきた。いまだメジャータイトルを獲得していないものの、才能、プロ意識、バドミントンに対する真摯な態度などから、世界的スターの名に十分値する選手だ。


PHOTO人がピーター・ゲードに魅かれる理由はそれぞれだろう。ルックスに魅かれる人もいるだろうし、彼の人柄またはプレイスタイルに魅かれる人もいるだろう。しかし1つだけ確かなことがある。ファンにとっても、仲間のシャトラーにとっても、ピーター・ゲードはお手本ともいうべきプレーヤーだということだ。また、世界のバドミントン界関係者の大多数が、世界で最も魅力的なプレーヤーの1人に彼をあげている。


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ピーターはわずか4歳という幼い頃にラケットを握り始め、まもなくバドミントンが自分の人生であると気付いた。早くから才能を発揮し、各段階で常にデンマークのトップクラスに君臨してきた。選手としての最初の大きな目標が1994年の世界ジュニア選手権優勝だった。日々練習に励んだものの、タイトル獲得に失敗しことで大きなショックを受け、その後、再び自信を取り戻すまでには相当の練習と時間が必要だった。

数年後の1998年、積年の努力が実を結び、ついに念願の世界ランキング1位の座を獲得し、1年以上もその地位を維持した。1994年の世界ジュニア選手権で優勝を逃したときに初めての苦痛を味わって以降、数多くのタイトルを獲得し、サーキットに参戦するすべてのプレーヤーから深い尊敬の念を抱かれるプレーヤーとなったが、やがて人生2度目の困難に遭遇した。


PHOTO2001年、ブルネイで開催されたワールドグランプリ決勝戦において、膝を怪我し棄権を余儀なくされた。その後、復帰し数ヶ月間プレイしたものの、翌年、再手術を迫られ、療養に数ヶ月を費やした。結局、カムバックを果たすまでコートを離れていた期間は1年以上に及んだ。専門家たちに言わせれば、これだけ長いブランクがあるとトップクラスに復帰するのが非常に難しくなるそうだが、ピーター・ゲードは決して諦めることなく、以前の姿を取り戻すことができると常に自分を信じ続けた。

日々、ハード・トレーニングを積み重ねることで、彼は不運を乗り越えることに成功した。新たな気持ちでコートに立つ彼の胸の内には、これまでと変わることのない、世界一の座に再びつくのだという闘志がみなぎっていた。2001年にスペイン・セビリアで開催された世界選手権では、最終的にインドネシアのヘンドラワンが金メダルを獲得した。ゲードは銀メダルに終わり、あともう1歩のところで世界チャンピオンのタイトルを取り逃がした。2003年の英バーミンガム大会はベストコンディションで迎えることが出来ず不本意な成績しか残せなかった。2005年の世界選手権では、接戦の末に中国のリン・ダンに破れ銅メダルに終わった。

ゲードは世界選手権のタイトルもオリンピックのタイトルも持っていないが、バドミントンへの情熱をまったく失うことなく、国際大会の常連選手の1人として活躍しており、ビッグイベントの決勝や準決勝にも必ずといっていいほど顔を出している(デンマーク国内はいうまでもなくヨーロッパ内ではトップに君臨している)。

2005年初めに韓国オープンで優勝してから、ゲードは国際的なタイトルから遠ざかっている。しかし、オリンピックと世界選手権のタイトルホルダーであるタウフィック・ヒダヤット、およびゲードにとっては天敵のような存在のリン・ダンという世界のトッププレーヤー2人との力の差は縮まってきている。リン・ダンとの対戦を例に取れば、最近行われた中国オープンで両選手は死闘ともいえる戦いを繰り広げゲードが勝利をもぎとったが、それまでの7回の顔合わせでは、すべてリン・ダンがゲードを下していた。

PHOTO初めてリン・ダンに勝ったことは、ゲードのキャリアに一大転機をもたらすかもしれない。これまで全英オープンで1回優勝したことがあるものの、それ以外のメジャー大会では優勝の経験がないため、ビッグイベントにやや弱い選手と言われてきた。今年3月に行われた中国・成都でのリン・ダンとの準決勝では、これまで以上に勝利への執念を見せてリン・ダンを破った。ゲードの才能とテクニックは今ピークに達したようだ。

アジアのバドミントン界の常識から見れば、29歳という年齢はかなり高齢に見えるかもしれない。しかし、ヨーロッパ、特にデンマークでは、選手としてのキャリアを開始する年齢が遅いのが普通のため、アトランタオリンピックの金メダリスト、ポールエリック・ホイヤーラーセンが30歳を過ぎていたように、キャリアの後半でピークに達することは決して珍しいことではない。ピーダー・ゲードの現在の目標は、2008年の北京オリンピックで金メダルをとることだが、その時、彼は31歳になっている。

PHOTOピーター・ゲードはプレーヤーとして優れているだけではない。子どもたちや若者たちにバドミントンを普及させることに以前から熱心に取り組んできた。自身が主催するプロジェクト「チームアタック」で、彼はデンマークの若手プレーヤーを指導し、自ら練習相手となり、トップレベルの選手の育成に励んでいる。ゲードは自分のトレーニングのためだけでなく、若手選手の実力養成のためにも、非常に多くの時間をコート上で過ごしている。

さらに恋人が登場したことにより、ゲードの人生はいっそう明るいものになった。その女性は、バドミントンプレーヤーのカミラ・マーティンで、やがて2人は婚約発表するなど、サーキットで最も熱いカップルとして名をはせた。その後2人は破局してしまったものの、ピーターは新たなパートナーとめぐり合った。ハンドボール選手のカミラ・ホウで、今度も「カミラ」という名の女性だった。ゲードが膝の治療のため入院していた病院で彼女の父親が手術を受け、たまたま同じ病室になったのが出会いのきっかけとなった。

病院での出会いから始まった交際は、やがてカミラの妊娠につながり、ナナという愛らしい女の子が生まれた。ゲードはすぐれたプレーヤーであり続ける一方、献身的な父親としての役割も果たしている。愛娘を抱く優しい姿がいったんコートに立つと、対戦相手を打ち負かす凄まじい闘士に変貌する。ピーターは人一倍チーム対抗戦の勝利にこだわっていて、今年こそヨーロッパのチーム初となるトマス杯をデンマークに持ち帰るべく日々トレーニングに励んでいる。